しきりに恥じらう一方で、相変わらずその手指には、俊輔の勃起を収めている

すでに一度、お風呂で素肌を晒しているのだからと思わぬでもないが、下着姿を晒すことは、裸を見られるのと同様に、恥ずかしいことらしい。このあたりの感覚が、昨今の女性には珍しい大和撫子と思わせる所以かもしれない。
しきりに恥じらう一方で、相変わらずその手指には、俊輔の勃起を収めている。もっとも、今の寧々には、奉仕する意味合いよりも、すがりつく対象として握りしめているのかもしれないが。